「あったかい?」
「んー。背中が寒い」
むー。どうしてくれよう。
困ったあたしを見返して「由梨絵さんはあったかい部屋にずっといたんだから。背中が寒くてもいいでしょ?」などと言いつつ「はい。おんぶ」と、自分の背中に向けて親指を立てる。
おんぶって…。
「和真くんの背中に乗ればいいの?」
「そうだよ。それが一番あったかそうじゃない」
しれ、として言う和真に、反論が見つからなくて。
あたしは今度も渋々和真の背中に体を伸ばす。
人間の体って、意外と安定しないのよね。皮膚と筋肉の間が動くから。
それでも和真の背中にしがみつくと、思いのほかの逞しさにちょっと驚いたりして。
肩にあごをのせて「どうですかー」と聞いてみる。
「おっぱいが背中にあたって気持ちいい」
なんですかそりゃ。
呆れ返るあたしに気づかない雰囲気の和真は「あ…この作品、由梨絵さんの作品に雰囲気似てるね」などと、バレーデュバロワのページを開いて呟いた。
「そうかな。あたしこんなに暖色使わないよ」
気に入っている作品を言い当てられたみたいで、ちょっとだけ反抗してみたり。
「色って言うか、雰囲気だよ。
 この作品、人間の匂いがしないんだもん。
 由梨絵さんの作品も、月やトナカイが人間を拒絶してるみたいで、一種独特じゃない」
なんて言うのかな……。
自分の世界を言い当てられるのって、悔しい反面、ものすごく嬉しいのよ。
アンビバレンツな気持ちがせめぎ合う快感って言うのかな。
和真はそれを、今あたしにしたのだ。
月夜のトナカイが、人間を拒む凍った大地の上で囁き合う一瞬。
あたしはバレーデュバロワの中に、そんな一瞬を垣間見ていたのかも。
自分でも気付かなかったそんなディテールに、思わず脱力しつつ、和真にしがみつく。
「…由梨絵さん?」
無言のあたしに問いかけた和真は、ためらい無く画集を丁寧に床に置いた。
そして体を返して、今度はあたしを抱きしめる。
「和真くん?」
「寒い所から帰ってきて、由梨絵さんの体温に狂ってるんだ」
ぐい、とこれ以上無く燃えたぎった場所を下腹部に押し付けられる。
ぞくん、と、背筋を熱い何かがせり上がって行った。
「あっ…」
「由梨絵さん……」
呼ばれた直後、深いキスを受ける。
和真のキスは、最近のあたしが受けなれているはずのものなのに、このとき、あたしは底辺から欲情していたんだと思う。
和真があたしを理解していると感じる一瞬一瞬が愛しくて。
キスを受けながら、あたしは和真の逞しい背中に指先を滑らせる。
「ああ…もうだめ…」
唇を離して、和真は一瞬、恨めしそうにあたしを見つめた。
「何…が?」
「由梨絵さんの熱…バクハツしそう……」

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