「なんで職員室になんか来たんだろう」
不思議そうに呟く和真を見上げたとき。
「あ…」
和真の向こうに、驚いた表情の理奈ちゃんが立っていた。
うわぁ…会いたくない相手ナンバーワンに会っちゃった……。
和真も理奈ちゃんに気付いて、視線を彼女に向けたまま背筋を伸ばす。
「やっぱり…和真くん、由梨絵さんと付き合ってるんだ」
どこか辛そうに見える理奈ちゃんに言われて「うん。結局は」と答える和真。
「あたしと付き合い始める頃には、もう?」
「いや。あの頃は俺、由梨絵さんに相手にしてもらえなかったから」
そう言う会話は二人で居るときにしてくださいー。
あたしは居たたまれない気持ちで、和真の隣で小さく息を吐く。
「あたし…どうして和真くんと別れなくちゃならないのか、ずっと考えてた。
 でもなんとなくわかってたよ。
 和真くんが本当は誰が好きか」
直後あたしに向けられた視線は、恨めしいと言うかなんと言うか、憎しみとも諦めとも取れるような、激しいものだった。
やっぱこの子、まだ和真を引き摺ってるんじゃないの。
「別れるときに言われた、他に好きな人が居るって言うの、由梨絵さんの事だってわかってた。
 でもやっぱり、こうやって目の前で二人が並んでるの見るの、ショックだね」
呟くように言う理奈ちゃんに、和真は声をかけるでもなく、ただじっと彼女のことを見つめている。
……逃げたい。逃げてしまいたい。この雰囲気から。
「あれ? 和真か?」
職員室から出てきた黒沢が、驚いたような声で和真を呼んだ。
黒沢〜〜! グッドタイミング!
「由梨絵さんも…キミはえーと……」
和真のモトカノだってわかっててとぼけてる雰囲気。
「黒沢さん、なんでこんな所に居るの?」
和真も少しホッとした雰囲気で聞いている。
「なんでって…文化祭の招待状をもらったから、挨拶に」
「招待状?」
「ああ。この学校、代々の生徒会役員に毎年文化祭の招待状を出すんだよ」
和真もきょとん、としている。
生徒会役員て…じゃあ、黒沢もこの学校の卒業生ってこと?
「じゃあ、あたしがご案内するのって…」
理奈ちゃんが言うのに「僕のエスコートはキミなんだ」と、黒沢は親しげな笑みでそう言った。
話がまったく見えて来ないんですけど。
「この学校、歴史と伝統を重んじる校風があってね。
 その校風の中核を担っているのが、生徒会役員なんだ。
 だから毎年、OB、OGに、文化祭の招待状を送って、都合の付く先輩方と今の役員が顔を合わせるんだよ。
 と言っても生徒会室で挨拶するだけなんだけど」
「だから理奈が」
納得した雰囲気の和真が「理奈は生徒会の書記を務めてるんだよ」とあたしに教えてくれる。
優等生の美少女。男子の憧れの的って訳か。
確かにそんな子を振るなんて、付き合い始めるのよりも面倒臭そう……。
「それじゃ、ご案内します」
取り繕うように言う理奈ちゃんを制して「挨拶だけだから。終わったら飯でもどう?」などと呑気にあたしたちを誘う黒沢。
「あ…えーと」
「先輩、あの二人、お付き合いしてるみたいですよ。
 誘ったりしたらきっと困っちゃうと思います」
言いよどむあたしの言葉にかぶせるようにして、理奈ちゃんが早口で黒沢に訴える。
そう言えば。夏にうちで牡蠣を食べたとき、あたし、黒沢にキスされたんだっけ。
それを理奈ちゃんは見てるんだもんね。
あたしと黒沢がそう言う仲だったって、誤解しても仕方が無い。
黒沢は少し驚いたように理奈ちゃんを見返すと「知ってるよ。和真に、もう由梨絵さんには手を出すなって宣言されたから」などと、しれっと答えた。
直後の悔しそうな視線は、和真に向けて放つ矢のようだった。
ショックだったよね。和真のことがホントに好きだったんだろうから。
多分和真は、付き合っている間でも、理奈ちゃんにそこまで執着してなかったんだと思うし。

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