今年の文化祭には、和真主演の映画は上映されないそうだ。
そうそう毎年映画研究会に協力なんてできない、と和真の弁。
和真の絵画作品発表頻度から考えたらさもありなん、なんて納得しつつ、校舎内をいろいろ案内してもらった。
学校には何度か来ていたけれど、こんな風に案内してもらうのは初めてだったから。
和真のエスコートで歩きつつも、そこかしこにキヨヒコの幻が行き来する。
まるであたしたちの姿を冷やかすように眺める、高校生のキヨヒコの幻が。
実際は、恐らく和真のことを知る、男子高校生の好奇な視線なんだけど。
その度、あたしは和真の顔を盗み見て、隣に立っている相手を確認した。
和真はそんな視線にまったく動じない雰囲気で、常にあたしをエスコートする姿勢を変えなかった。
噂するキヨヒコの幻よりも、逞しく感じてしまう実際の和真。
いつの間にか、和真も大人になってきてるのね。
今さらながらそんなことを思って、廊下の隅でこちらをチラ見しながら何事かを話している男の子を見返す。
これ見よがしに和真の腕にあたしの腕を回すと、和真は今年最初の雪を見た小学生のように破顔した。
「はぁ。結構広いね。学校って」
和真の同級生が出店していたクレープ屋で、二人でチョコバナナとイチゴクリームをそれぞれオーダーして、裏庭の隅っこのベンチで頬張る。
「そうかな。こんなもんじゃないの? どこの学校も」
大サービスされたチョコに悪戦苦闘しながら、和真が興味無さそうに答えた。
チョコの大サービスって。食べるの大変だからありがた迷惑だよね。確かに。
ほっぺに付いたチョコを人差し指で拭うと、和真は嬉しそうにあたしに笑顔を返した。
注目されるのが嬉しい子犬みたい。
こういう姿は完璧にお子ちゃまなんだけどな。
味に飽きてきたので、チョコイチゴクリームバナナ(要はお互いにソースをくっつけあったって事)にしつつ、クレープを食べきった。
はぁ。お腹いっぱい。今日のランチはクレープで済んじゃった。
「僕、クラスの当番は明日まで無いから、もう帰れるよ?」
和真のクラス出店は、クレープ屋の隣で開いていたコーヒーショップらしい。
出店の店番は当番制で、当番が無い時間は自由時間だそうだ。
もう校内で見て回る教室も無いらしいし。じゃあ、そろそろ帰ろうかな。
「何気に楽しかったね」
あたしの言葉に、和真は嬉しそうな笑顔で「そう? 良かった」と返した。
来客者は、帰るときに記帳した内容に退館時間を書かなきゃならないんだって。
二人で正門の方へ歩いて行くと、向こうに見知った意外な人物が歩き去った。
「今の、黒沢さんかな」
和真もびっくりしている様子。
黒沢は、もう何度もこの学校に来ている父兄の一人のような顔をして、あたしたちに背を向けて廊下を歩いて行く。
和真の進路指導で何度も来ているとは言え、その歩みには一切の迷いが無い。
「和真くんの用事で来たのかしら」
見つからないように靴箱の陰に隠れつつ(どうしてそんな格好になっているかなんて、本人ですらわからない。要はノリね)黒沢の後ろ姿を噂する。
「僕の用事なんてあるわけ無いじゃん。
 こんな文化祭の真っ最中に」
冷静な言葉にそりゃそうね、と納得。
それじゃ、いったい何しに来たの?
二人で顔を見合わせてから。
あたしたちは当然のごとく、黒沢の背中を追った。
だって気になるじゃない? あたしたちにナイショでこの学校に来るなんて。
追いかけるうち、黒沢は職員室の中に入って行ってしまった。

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