「これだよ」 キャンバスには、やはりあたしが描かれていた。 白いワンピースを着たあたしが、緑の森の中に立っている。 両足をくるぶしまで水に濡らして、静かに足元を見つめる。 その視線がどこか濡れているようで。 泣いているようにも見えるし、どことなく…… 「この由梨絵さん、僕のコレクションの中で見つけたんだ」 小声で教える和真の言葉に、思わず彼を見返した。 コレクションて、あたしの恥ずかしい顔の? 和真は無邪気そうな笑みを浮かべて、さらに小声で続けた。 「イキそうなのにこらえてるとき、よくこんな顔するんだよ? 由梨絵さん」 な、なんてことを〜〜! 一瞬で顔に血液が集中するのを感じた。 なんて表情をモデルに使ってるのよっ! こんな、大勢の人に見られるような行事に出品する作品に〜〜! 「反則だよ、由梨絵さん。 今スケッチブック無いのに、そんなにいい表情浮かべちゃって」 拗ねるように言う和真に「何言ってるのよっ!」などと小声で食って掛かったタイミングで。 「西園寺先生」 背後から声をかけられて、思わず言葉を飲み込む。 振り返ると、小宮山先輩が絵本を抱えて立っていた。 「あ、サインですね」 たった今の和真との会話を勘付かれないようにしながら、あたしは小宮山先輩から絵本を受け取って、中扉にサインを入れた。 「ありがとうござますっ! 一生大事にします!」 ちょっと名前を書いただけで、こんなに喜ばれちゃうなんて。 あたしも心の中を温かくしながら「こちらこそ、本を買ってくださって、ありがとうございます」と頭を下げる。 それこそ、星の数ほどある絵本の中から、この絵本を選んでくれたのだ。 あたしのお辞儀に、小宮山先輩は「い、いえっそんな」と恐縮しまくっている様子。 そんなあたしたちを、和真は適度に無視しつつ、じっと自分の作品に見入っている。 「この絵のモデルも、西園寺先生ですよね」 小宮山先輩が小声で言うのに「そうらしいわね」と、あたしも小声で答えた。 美術室の中は、いつの間にかあたしたち三人だけで、午後の日差しが窓枠の影を長く床に落としている。 静かな美術室の中は相変わらず油絵の具の香りが満ちていて、その香りと長い影が、懐かしくあたしたちを包んだ。 小宮山先輩は和真の絵を見ながら「いいな…」と小さく呟いた。 「何がですか?」 和真がニヤニヤしながら小宮山先輩を見返す。 小宮山先輩は、じっと和真の絵を見つめたまま「この絵を描いた和真くんも、描かれた西園寺先生も」などとゆっくりと言葉を選ぶ。 「見失ったものを必死になって探して、やっと見つけたみたいな西園寺先生の表情。 そして、それを捉えて表現した和真くん。 見つけたものって、もしかしたらお互いなのかなーって。 そんな事をふと思わせるんですよね。この絵」 和真と思わず顔を見合す。 イクのを我慢する顔が、そんな風に見えるんだ。小宮山先輩には。 でも。 もしかしたらあたし達は、キヨヒコとの失った時間を、二人で必死になって探して、手繰り寄せているのかもしれない。 自分でも気付かなかった事を気付かされて、あたしはさっきよりも神妙な面持ちで和真の作品を眺めた。 |