「香織はさ、本当に今のままでいいの?」
家に帰って一息ついたところで、セラが思いがけず真剣な表情でそんなことを聞いた。
「今のままって?」
夏の間は冷蔵庫の中にいつも麦茶を作ってるんだ。
それをコップに注いで、セラの前に置いた。
セラはありがと、と小さく言ってから「もっと仕事の幅を広げたいとか、このまま日本のテレビとかにも出て活躍したいとか、希望は無いの?」なんて、ますます重い雰囲気。
「全然。今ですら忙しすぎるって思ってるんだよ。
 海外出張も多いしさー」
「んー、だから、日本での仕事のボリュームを増やしたいとか、希望は無いのかなって」
重ねて聞かれて、ちょっと考えてみる。
日本での仕事って、多分、雑誌の撮影がメインになっちゃう。
東京で開かれるショーは大きなものから小さなものまであるけど、武井さんが絡むショーは限られちゃうし。
だったら、ヨーロッパでいくつもショーに出て、開いた時間で撮影に入る今みたいなペースが、本当は一番あたしに合うと思う。
あたし、他のブランドは自信が無いけど、武井さんの服だったら、誰よりも表現できるって自信があるもん。
武井さんの服でなら、ショーが一番仕事の中では好きなんだ。
「うん。今の状態が一番いいと思う」
あたしの返答に、セラは少し寂しそうな顔をした。
「セラ?」
「ううん。なんでもない。
 香織の日本での仕事が増えたら、一緒に居られる時間が増えるのかなって、ちょっと思っただけ」
麦茶を一息に飲み干すと「お風呂用意するね」なんて立ち上がるセラ。
「セラ…」
「あ、でも、日本での仕事が増えたら、それこそ写真週刊誌なんかがうるさくなるかもね。
 正月にカズも言ってたじゃない。
 日本は楽だけど周りがうるせーって」
最近GBも拠点をLAに移して活動してるんだ。
アメリカのマーケットの方が大きいから、何やるにも大きなスケールでできるんだって。
アメリカでもパパラッチはいっぱい居るけど、GBぐらいのロックバンドじゃ、それほど毎日騒がれたりしないんだって。
麦茶のグラスをシンクに下げながら、ちょっとだけ溜め息。
セラも寂しいって思ってるのかな…。
もちろん、仕事はいつだって応援してくれてるし、何しろ、あたしのことを一番に考えてくれてる。
だからって、寂しいって気持ちまで我慢させるなんて、やっぱやだよ。
かと言って、あたし、今モデル辞めちゃったら腑抜けになっちゃうだろうなぁ…。
セラの一言に悶々としてしまう。
やっぱ、子供を作ってモデルを引退って言うのが、一番いいような気もしちゃう。
うーっ! 悩ましい!
「香織?」
いつの間にかお風呂の用意の済んだセラが、あたしのすぐ隣に立っていた。
「あ…」
「さっきの? 気にしないでね」
そんな事言われても気になっちゃう訳で。
「ねぇ、セラも寂しいの?」
思い切って聞くと「そりゃ、ね。何ヶ月も香織と会えない時なんかは」と、とても素直に答えた。
「でも、俺は香織の仕事を理解しているつもりだし、会えないからってそれがどれほどの痛みかって言ったら、ホントに些細なことでしか無いんだ。
 朝起きたときに、香織が居ないって実感したり、夜寝るときに実感したり。
 そのときはとても寂しいけど、常にそんな事を考えていられるほど、俺も暇じゃないし」
くすり、と小さく笑って、あたしに深いキスをする。
セラ…無理してるんじゃないよね?
「香織だって同じだって思ってる。
 仕事だからって俺に何日も会えない時なんか、香織も寂しいでしょ?」
抱き締められて、あたし自身もとても素直にこくん、と頷いた。
セラと会えない何ヶ月間か。
その間、何回も泣きそうになるぐらいセラに会いたくなる。
けどやっぱり、次の日に仕事に行くと、そのときはその寂しさを忘れてるんだ。
あたしやっぱり、仕事が好きなんだ……。
「会えないから、やっと会えた時に、ものすごく嬉しいんだ。
 香織の細かいこと、その時は忘れちゃってたりするけど、一緒にいて思い出したりすると、とてつもなく愛おしくなる。
 香織に何度も恋してる気分になれるんだ。
 だから。会えない時間があるのも悪くないって思ってる。
 本当だよ?」
セラの腕の中で、嬉しくってニマニマしちゃう。
あたしに何度も恋するセラ。
きゃ〜〜! こそばゆいっ!
「あたしも、ずっと会えないでいてセラとやっと会えると、照れ臭くなるぐらいセラのことが大好きだって実感するよ」
とても嬉しい言葉をもらえたから、あたしも素直に心の中を打ち明けられる。
セラはとても嬉しそうなプリンススマイルで「ありがと」と答えた。

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