「えー? 公表?」
翌日。
セラはいつの間にか武井さんにアポを取っていて、学校が終わってからお店にやって来た。
あたしのテレビ出演の件で相談がありますって事で来たらしい。
ホント、こういう時ってセラは行動早いんだよね。
「ええ。そろそろ結婚して半年以上にもなりますし、そんな見も知らない男に、しかもテレビで香織に告白させるなんて、許せませんから」
セラはちょっと怒ってるようにも見える雰囲気で、でも淡々と武井さんに言い放った。
「そ、そりゃそうだけど…」
「何か問題ありますか?
 正規の手続きを踏んで、僕は香織と籍を入れてるんだから。
 仕事の関係で公表は時期を待てって話でしたけど、そんなテレビ出演があるんだったら、いい機会じゃないですか」
武井さんは少し黙って考え込む雰囲気。
「うーん…。うちの服のイメージが、淑女の卵を美しく孵化させる、だったから、結婚の公表はどうかなって思ってたんだけど。
 そう言われてみれば、そうね。
 香織ちゃんだって大人になって行くんだし、世良さんばかり我慢させちゃうのも悪いものね」
武井さんはたはは、と笑うと「香織ちゃんにも、窮屈な思いをさせちゃってるものね」なんて、申し訳無さそうにあたしを見返した。
「窮屈だなんて、そんな…」
「だって。こないだ週刊誌が世良さんと一緒の所を写真に撮ってたー、なんて言ってたじゃない。
 記事にはならなかったみたいだけど、結婚してればそれも普通のことでしょ」
う…。そう言えば、そんなこともあったっけ。
「写真、撮られてたの?」
セラは気付かなかったみたいだけど、三ヵ月ぐらい前に、二人で買い物をしてるところを、記者みたいな人が写真撮ってたんだ。
たまたま武井さんが一緒に日本に居る頃だったから、ちょっと相談してたんだっけ。
あたしは「多分。最近、あたし、日本での知名度低いから、記事にはならなかったみたいだけど」なんて言いつつ苦笑する。
「ほとんど日本に居ない香織が撮られるんだから。
 ずっと日本で仕事してたら、二人で外を出歩くのも神経質になっちゃうね」
ちらっと武井さんに目を向けるセラ。
「あー、はいはい。わかりましたぁ!
 今度のテレビ番組、あたしも断るに断れない筋からの依頼だから受けちゃったけど。
 そこでやっぱり、世良さんの言う通り、公表しちゃいましょ」
ぽん、と手を打って、武井さんも満面の笑顔。
「高校卒業してすぐに離れ離れの生活だったんだもんね。
 入籍を急ぐのも世間に公表したくなるのも、気持ちは良くわかるもの。
 今まで我がまま言っちゃって、ホントにごめんなさいね」
武井さんもわかってくれて、思わずにんまり。
セラを見返すと、当然、と言った雰囲気で、手元のコーヒーカップを口に運ぶ。
「その番組、どんな雰囲気なんですか?」
セラの問いかけに「うーん、あたしもよくわかんないんだけどね」なんて言いながら、企画書を取り出した。
「日本のテレビなんて、ほとんど見ないし。
 でも、なんか際どい話が出たりすることも無さそうだし、番組のメインスタイリストが、昔世話になったデザイナーで。
 どうも香織ちゃんを出したいがために、その番組のメインで抜擢されたみたいなのよね。
 あたしと彼女の繋がりを知ってる誰かの口添えがあったみたいで」
はいって手渡された企画書に目を通しながら「香織を出したいなんて。テレビ局も何を狙ってるんでしょうね」なんて、セラは少し警戒した雰囲気。
「その人の話じゃ、五年前に彗星のように現れて、日本のモデル界に革命を起こしたモデルが、人気絶頂のときに海外へ渡って、そこでショーモデルとして成功しているって、本当だったらもっとマスコミに売り出すべきだって思ってる人が多いんだって。
 まぁ、話題にはなるわよねぇ。二十歳そこそこで、世界のトップモデルになってるんだから。
 でもね、あたしは日本のマスコミに香織ちゃんが食い物にされるのは嫌なのよ。
 うちの服以外は着て欲しくないし」
武井さんはふー、と深い溜め息をついてから「でもねぇ、そんなあたしの我がままで、香織ちゃんの将来の幅を縮めるのもどうかなーなんて、最近は思ったりもするのよね」なんて、つぶやくように言った。
「あたしも武井さんの服以外は着たくありません」
コレクションに出ると、確かに他のブランドからのオファーはあった。
でも、あたしはそれを全部断ってきたし、これからも受けるつもりは無い。
それは武井さんに対する義理立てみたいな部分もあったけど、本当の根本は、武井さんの服以外にあまり魅力を感じないからだ。
武井さんの服以外には、あまり物語性を感じない。
だから、着られない。
ほんの数分のうちに、光の中でその服を表現しなければならない状況で。
そりゃ、形だけ服を着て、エプロンを歩くぐらいならできるけど。
武井さんの服ほど、深く読み取って表現する自信が無い…。
こんなあたしは、考えてみたらそもそも未熟なモデルなんだ。
どんな服でも着こなせる訳ではない。
タケイハルカの看板だけで生き延びている、未熟なモデルなんだ。
一人でどんよりするうちに、セラが納得顔で企画書を武井さんに返した。
「これの収録、来週の水曜日ですよね?」
「そう。朝の十時にスタジオに入って、夕方まで。途中何回か休憩があるそうよ」
「水曜日だったら、もう夏休みに入ってますから。
 僕も行きますよ」
え? セラ?
「ホント? 嬉しい!
 世良さんが来てくれるなら、心強いわぁ」
コーヒーのお代わりを用意する武井さんを見送って「どんな野郎が香織に告るのか、この目で見てやろうと思って」なんて、涼しい顔であたしに耳打ちするセラ。
も、もー。対抗意識燃やさなくても大丈夫だよぉ。
ちょっとだけ嬉しくてうつむいてニヤニヤ。
セラったら。かわいいんだから。

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