「和真の父親が事故で亡くなって、和真は天涯孤独になってしまっただろう?
 父親の遺言で、和真は由梨絵さんの家に転がり込んだんだよ。
 二人とも、この世界で一番大切な人を亡くした者同士だったから、依存しあったんだろうな。
 で、キミが振られた」
黒沢は難しい顔を作って理奈ちゃんにそう言った後「そして、僕も」と、今度はおどけた雰囲気で自分の胸を押さえる。
「先輩も?」
「そうだよ。僕は由梨絵さんのことが好きだったからね」
しれっとそう言う黒沢を、まじまじと見返す理奈ちゃん。
和真はその言葉を聞いて、機嫌悪そうにグラスの水を一口飲んだ。
「和真の父親も、あの学校の卒業生なんだよ。
 僕が生徒会長の時、新入生で入って来てね。
 あいつ、何でも僕に張り合うんだ。
 好きな女の子のタイプも一緒で、いつもどちらかが好きになった子を取り合ってた。
 後輩の癖に、全然遠慮しないんだよな。
 そう言うところ、和真はそっくり」
くすり、といたずらっぽく笑う黒沢に「どうして?」と、つっけんどんに問う和真。
「今回だって、俺に遠慮せずに由梨絵さんとくっついちまったろうが。
 お陰でこの年で大失恋だよ。
 老い先短いってのに。少しは先輩に道を譲れよ」
「譲れないよ。由梨絵さんだけは」
「ほら。清彦そっくり」
あたしを見た後に、理奈ちゃんに笑顔を向ける。
「僕らは失恋仲間だ」
「ホントですね」
「でもね、仕方ないんだ。
 彼らはそうなる必然の元に巡り会った。
 片や最後の肉親に先立たれた少年。
 片や最愛の恋人に先立たれた女性。
 同じような喪失感の只中の二人が、惹かれあわない訳無いだろ?」
理奈ちゃんは、少しの間呆然としたように考え込んでいた。
やがて顔を上げると「そう…かもしれないですね」と、黒沢の言葉に同意する。
「難しくて、良くわからないですけど」
「そのうちわかるさ。キミも本当の恋をすれば」
じっと理奈ちゃんを見つめる黒沢を見て、思わず溜め息。
この手で何人の女を落としたんだろう…。
理奈ちゃんもじっと黒沢を見つめ返している。心なしか潤んだ瞳で。
理奈ちゃん口説いてどうしようってのかしらまったく。
それでも、結局黒沢は、あたしと和真の仲を、理奈ちゃんに納得させてしまったのだ。
さすが。法廷のアクター。
テーブルの上のオリーブを一つ、フォークに刺して口に運ぶ。
口の中に爽やかな緑の香りと塩味と苦味、ほのかな甘みが広がる。
理奈ちゃんの眼差しから、先ほどまでの棘が無くなったような気がして、オリーブの香りがより青々と鮮やかに感じた。
香りの良いえびのアヒージョや、魚介のパエリアを一通りつまんで(さっき和真と食べたクレープが効いてるのよね。まだ)、白ワインをちびちびやっているうちに、料理が片付いた。
「由梨絵さん」
店を出た途端、あたしに声をかける理奈ちゃんに顔を向ける。
理奈ちゃんは言いづらそうに口ごもってから「あたし、さっきまで由梨絵さんにヤキモチやいてました」と、小さい声で打ち明けた。
あたしはそれになんて答えて良いものか、途方に暮れながら彼女を見返す。
黒沢はまだ、会計のために店の中に居た。
和真は少し警戒した雰囲気で、じっと理奈ちゃんを見つめている。
「由梨絵さんと和真くんのこと、なんにも知らないで、どうしてあたしが選ばれなかったのかわからなかったから、由梨絵さんのこと、どうしても良く思えなかったんです。
 ごめんなさい」
ぺこん、と頭を下げる理奈ちゃんに、あたしは「そんなっ! 気にしないで」と慌てて答える。
なんて素直ないい子なんだろう。今どきこんな子、珍しいわホント。
かわいくて優等生なだけじゃなくて、性格もいい子なんだ。
あたしの隣で、和真も緊張を解いた雰囲気。
確かにこんな子を振るなんて、誰も信じられないだろうなぁ…。
あたしは心から里奈ちゃんに感心しつつ、「これからも、和真くんと仲良くしてあげてね」と思わず口走っていた。
「…え?」
「年を取ると、異性の友達って作りにくくなるのよ。
 できたら理奈ちゃんみたいな友達がずっと和真くんと仲良くしてくれたらなって」
どぎまぎする理奈ちゃんに「俺からも。もし理奈が嫌じゃなかったら」などと、和真もすかさず言い添える。
理奈ちゃんは、とても複雑な表情を浮かべた。
和真への恋心が消えていないのに、友達だなんてって顔。
恐らく今付き合っている彼が、どう思うだろうって顔。
それでも、少しの間の後「こちらこそ、よろしくお願いします」とはにかんだ笑顔を浮かべてくれた。

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