子供の頃に読んだSF漫画で、月に不時着した宇宙飛行士が十二単の平安美人を見つけるってのがあった気がする。
その時、彼女の後ろで光り輝いていたのが地球。
アースライトを浴びて、彼女の顔は影になっていたけれど、彼女が地球でなんと呼ばれていたかその宇宙飛行士は知っていた。
KAGUYA、と。
「隆也ー! 見た? この写真」
興奮気味の弓子に聞かれて顔を向ける。
大学の研究室に備え付けられたPCのくたびれたCRTモニタ(今時こんな場所取る装置を使ってるのなんてうちの研究室ぐらいじゃないか?)に映し出された映像は、荒涼としたグレーの地表の向こうに浮かぶ真円の地球。
激しい既視感。
この地球の直ぐ近くに、KAGUYAと言う名の十二単を着た女が立っていそうな。
「きれいだよねぇ。地球って」
ほわんとした雰囲気でそう言う弓子の背後から、モニタの画面をまじまじと眺めた。
写真の解説に、月周回衛星「かぐや」に搭載されたカメラがとらえた映像とあった。
かぐや…ねぇ……。
大体科学者が付ける装置名ってのは「どっから出たんだそれ?」ってのが多い。
例えば、分子雲と同じ真空低温状態を作る装置をアシュラ(帝釈天に迎え撃たれて仏教に帰依した神様だったと思うが、天地創造にはまったく関与していないと思うんだが)と名付けてみたり。
ちなみにこの実験装置で、初めて宇宙空間に類似した環境で水が作られる行程を再現している。
創造の神だったらブラフマーじゃないのか? 確かにマイナーな神かもしれないが。
などと心の中で突っ込むお茶目な俺。
それに比べれば「かぐや」なんてわかりやすい上になんともロマンティックだ。
多くの求愛を振り切って、月に帰った絶世の美女だなんて。
「ちょっと隆也? 画面、近寄りすぎっ!」
邪魔臭いなぁ、と俺の胸を押す弓子を見下ろして「平安美人が写ってないか、確認してるんだよ」と答える。
途端に不機嫌になる弓子。はえーな。反応が。
「平安時代の美人なんて、下膨れちゃってオカメ顔なんだからっ!
 今の基準じゃぜーんぜん美人じゃないんだからねっ!」
ぷんすか怒る弓子を尻目に、更にモニタに顔を近付ける。
俺が本当に探しているのは、この月面に立っているかもしれないはぐれた宇宙飛行士なんだけど。
いるわけねーか。そんな奴。
「もー! 隆也!」
「はいはい。弓子が一番かわいいよ」
最近しれっとこんな一言を出すのも抵抗が無くなってきた。
始終機嫌を悪くする弓子が相手じゃなければ、こんな技術も向上しなかったかもしれないけど。
弓子のお陰でスキルアップする俺。
就活には役立たないだろうけどね。
「ホントにそう思う?」
単純な弓子は俺の一言であっさりと機嫌を直すんだ。
ホント。カワイイ奴。
「ホントホント。かわいいかわいい」
ぽふ、と頭を撫でると、でへぇと顔を崩す。
直球系の弓子は、俺に一番丁度いい。
「これお前たち。まぁた神聖な研究室でいちゃこいちょるのか」
金子先輩の呆れた風な一言に、弓子と顔を見合わせてにんまり。
CRTの鮮明な画像の上の地球もにんまりと笑ったような気がした。

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