「たーだいまっと」
いつもの買い物から帰って来た時のように、玄関で靴を脱ぎ散らかして部屋に向かおうとしたとき。
「由梨絵さん」
「んー?」
呼ばれて顔を向けると、至極真面目な顔の和真が、じっとあたしを見つめていた。
「どうしたの?」
たった今まで仲良く歩いてたのに。
今日は和真の学校の文化祭だったのだ。
黒沢の計らいで、理奈ちゃんとのわだかまりも消えて、いい雰囲気だったんだよ。
それなのに、なーに? 怒っちゃってるみたいな顔。
「キスしてもいい?」
「な、なによ。突然」
「いいでしょ?」
「いいけど…んっ」
和真は切羽詰った雰囲気であたしを抱き締めると、玄関先で深いキスをしてきた。
面食らうような激しさに、一瞬、何がなんだかわからなくなる。
和真は怒ってるの?
それとも……
「んぁ…」
キスしながら背中に回された指先が、あたしのブラのホックを外した。
まったくもー。こんな玄関先で。
「和真…」
少し抵抗するように和真の胸を押すと「欲しいよ、由梨絵さん」などと、まだ切羽詰った顔。
「後で。帰った直後はやることがたくさんあるでしょ?」
「やだ。今欲しい」
抱き締められて、和真の制服の胸があたしの頬に当たる。
和真の制服は、うっすらと彼の汗が香った。
あたしを抱き締める、しなるように力強く若々しい腕。
思いのほか逞しく感じる胸。
全てがあたしの中の女の部分に、同じ信号を送って寄こした。
でも。
「わがまま言わないの」
ここで流されちゃダメダメ、なんて思いつつ、和真の胸をぐい、と押した。
言われるまま付き合ってたら体がもたないわ。
「どうして?」
「さっきも言ったでしょ? 帰って来たらやることがたくさんあるって。
 それに、こんな玄関先でするなんて、あたしは嫌なの」
「やることってなに?」
うー。面倒臭いなーもー。
食い下がる和真に「部屋の換気したり、お風呂に入ったり、ご飯を作ったり」と指折り数えて教える。
和真はあたしを見返しつつ「そんなの、今すぐじゃなくてもいい事ばっかりじゃん」などと軽く言い放った。
「とにかく、あたしはこんな玄関先じゃ、やなの」
和真の腕をすり抜けてリビングに入る。
まったくもー。ヤル事ばっかり考えてるオス猿世代はこれだから。
歩きながら、たった今和真に外されたブラのホックを留め直す。
でも歩きながらだと上手くいかなくて。
先に部屋着に着替えちゃえ、と思って寝室のドアを開けた。
今朝吸ったタバコの残り香が部屋にこもっている。
着替える前に窓を開けよっと。
ベランダ側の窓を開けるためにカーテンを引いたとき。
「わぁ…」
暮れかかった夕焼けが、町を金色に染めていた。
秋の夕暮れは波長の長い光に溢れて、幸福感に満ちている雰囲気だった。
あたしはベランダに出て、黄金色の町を見下ろした。

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